S:今日はシューマンの命日。
M:ゴッホの命日でもある。
S:チェロ協奏曲で傑作を残したそのシューマンとドヴォルザークもヴァイオリン協奏曲を書いている。
M:シューマンはニ短調(1853年)、ドヴォルザークはイ短調(1879年)。
S:どちらも演奏される機会は少ない。シューマンのものは最後に完成された大規模な作品で生前は失敗作とみなされ、ドヴォルザークのものは今もブルッフの亜流とみなされる傾向にある。
M:シューマンがライン川へ身を投じる4ヶ月前の作品。ちょうどブラームスと出会った頃。その頃には精神が破綻していて、それゆえこの作品も失敗作と。
S:シューマン夫人がこの作品を世に出さなかった理由はいろいろあるみたいだけど、たしかに素人が聴いてもまとまりがなく、決して完成度の高い作品とはいえない。でも聴くべき点も多い。
M:シェリングやクレーメルといった名ヴァイオリニストが何度も取り上げている。
S:うん。同じ年には、『ゲーテのファウストからの情景』の序曲、ピアノと管弦楽のための『序奏と協奏的アレグロ』、ヴァイオリンと管弦楽のための『幻想曲』も作曲されていて、いずれも粗は多いもののシューマンの最高傑作といっても過言ではない出来。ヴァイオリン協奏曲も改訂作業が行われていれば……。
M:シューマン好きの中には、1849年から1850年にかけて作曲された交響曲第3番「ライン」や「マンフレッド」序曲、チェロ協奏曲を最高傑作とする人も多いけど、そのチェロ協奏曲をシューマン自身が編曲したヴァイオリン協奏曲イ短調というものもある。
S:何度聴いてもあのオーケストレーションにはチェロの重みが必要だと感じた。もう少し聴いていれば慣れてくるものなのか。
M:オケパートをショスタコーヴィチがいじった編曲版をクレーメルと小澤・ボストンで入れたものがあって、それなら軽みが出ていてヴァイオリンにも合っていると思えるかも。
ショスタコーヴィチの第2番も入ったクレーメルと小澤による奇盤
S:そのショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番イ短調(1948年)と第2番嬰ハ短調(1967年)は20世紀の代表的なヴァイオリン協奏曲。
M:最近急にCDも増えた感じがする。
S:第1番は特に大作で、ベートーヴェンとブラームスのものに匹敵する規模とシューマンのものに匹敵する陰翳さを備えている。谷崎の「陰翳礼讃」の世界を体現したかのような曲で、日本人の感性にも合う。
M:それはどうか知らないけど、庄司紗矢香も10代の頃からレパートリーに入れていたし、『真田丸』の紀行を辻井伸行と演奏してた服部百音(服部隆之の娘)もショスタコーヴィチが一番好きだとか。
S:デビュー盤がショスタコーヴィチの第1番って凄い。
16歳にしてショスタコーヴィチを取り上げた服部百音のデビュー盤
M:ショスタコーヴィチの音楽は「陰翳礼讃」というよりはもう暗黒世界のようで、練習していて滅入ってこないのかな……。
S:庄司が好んで取り上げるプロコフィエフやレーガーは暗黒世界の向こうへ逝っていると思う。
M:プロコフィエフの第1番ニ長調(1917年)と第2番ト短調(1935年)も増えている。最近は「三大ヴァイオリン協奏曲」より多いんじゃないかってくらい。
サンクトペテルブルク・フィルにテミルカーノフという理想的なバックを得た庄司のプロコフィエフ
S:一方で、レーガーのヴァイオリン協奏曲イ長調(1908年)は庄司の2003年の公演が日本初演といった有様でCDも全然出ない。
M:長いしドロンドロンしてるしどこのオケも嫌がりそう。
S:ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブルッフ、ブラームス、レーガーで「ドイツ五大ヴァイオリン協奏曲」と呼ばれてもいいような傑作なのに。
オケの音がとにかく美しいシュターツカペレ・ドレスデンのレーガー
M:ドイツとロシア以外では……。
S:ベルクのヴァイオリン協奏曲(1935年)とバルトークの第2番(1938年)、ブリテンのニ短調(1939年)が異彩を放っている。
M:シベリウスのニ短調(1903年)も一応20世紀。
S:20世紀はピアノ協奏曲と比べてもヴァイオリン協奏曲の傑作が多い。19世紀は他にはパガニーニの第1番ニ長調(1818年)とヴィエニャフスキの第2番ニ短調(1862年)、サン=サーンスの第3番ロ短調(1880年)が名曲としてよく演奏されるけど、「三大ヴァイオリン協奏曲」と比べると可哀想。
M:ブリテンがイギリス、バルトークがハンガリー、ベルクがオーストリアで、シベリウスがフィンランド、サン=サーンスがフランス、ヴィエニャフスキがポーランド、パガニーニがイタリアと、まさに色とりどり。
S:そのまま18世紀以前に遡っていくと、モーツァルトが1775年に一気に5曲のヴァイオリン協奏曲を書いていて、その中では第5番イ長調「トルコ風」が抜けて有名。
M:第3楽章中間部のトルコ風行進曲の面白さといったら……!
S:第3楽章だけでなく全楽章を通して5曲の中で一番充実している。でも、ヴィオラを加えたヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調(1779年)はもっと充実しているし、中期以降のピアノ協奏曲はもっともっと充実していく。
M:モーツァルトも進化している。ウィーン時代にヴァイオリン協奏曲が1曲でも書かれていれば……。
S:ヴァイオリンではないけど晩年のクラリネット協奏曲のソロパートをノルウェーのトムテルがヴィオラで弾いたものがあって、ソロの存在感は落ちるものの元が傑作なだけにやはり美しい。
M:あとは何といってもバッハとヴィヴァルディ。
S:バッハはヴァイオリン協奏曲第1番イ短調、第2番ホ長調、2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調の3曲が確認されていて、いずれも15分前後の規模。有名なチェンバロ協奏曲第1番も原曲はヴァイオリン協奏曲といわれており、これを復元したヴァイオリン協奏曲ニ短調は20分を超える。ヴィヴァルディはたくさん残っているけど、『和声と創意の試み』からのヴァイオリン協奏曲第1番ホ長調「春」、第2番ト短調「夏」、第3番ヘ長調「秋」、第4番ヘ短調「冬」の4曲、通称「四季」がとにかく有名。
M:この4曲はいずれも10分前後。30分、40分が当たり前の19世紀以降のヴァイオリン協奏曲と比較はできないだろうけど、いつ聴いても斬新。
S:バッハのものも聴き飽きない。これらを古今東西のヴァイオリン協奏曲の最高傑作に挙げる人も少なくないはず。
それぞれが探し求めたヴァイオリン協奏曲の最高傑作
S:シューマンのヴァイオリンと管弦楽のための『幻想曲』ハ長調(反則)
M:ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調
筆者
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好きな言葉:中庸の徳たるや、其れ至れるかな
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