S:「三大ヴァイオリン協奏曲」という言葉がある。
M:ベートーヴェンのニ長調(1806年)とブラームスのニ長調(1878年)と……残り1つをメンデルスゾーンのホ短調(1844年)とチャイコフスキーのニ長調(1878年)が争う感じ。
S:一般的にはメンデルスゾーン。
M:それぞれの日本での認知度はおそらく、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ベートーヴェン、ブラームスの順に。チャイコフスキーはあまり好きじゃないけど、世界のクラシック音楽界は今もドイツを中心に回ってる……。
名盤として定着するシェリングとイッセルシュテットのベートーヴェン
S:ベートーヴェンもメンデルスゾーンもブラームスもドイツ人。メンデルスゾーンはユダヤ人でもあったから、ワーグナーの時代よりこのかた非ドイツ人以上に差別されてきたけど。
M:だから、メンデルスゾーンといえばヴァイオリン協奏曲と結婚行進曲だけというような具合に。
S:交響曲第3番「スコットランド」や第4番「イタリア」も昔からそれなりに聴かれてきたし、「無言歌集」も名が通っている。ブルッフなんかに比べたらまだマシなほうなのかも。
M:ブルッフもユダヤ人だから?ブルッフといえば本当にヴァイオリン協奏曲第1番ト短調(1866年)とヴァイオリンと管弦楽のための『スコットランド幻想曲』(1880年)しか知られていない。
S:いや、『コル・ニドライ』にユダヤの旋律が使用されていたからナチスに嫌われただけだとか。「コル・ニドライ」もチェロの世界では有名な曲で、カザルスやデュ・プレといった名チェリストも複数回にわたって取り上げている。
M:調べたらフルニエやシュタルケルの録音もあった。
S:名曲として通っているのはその3曲くらいで、3つの交響曲はそれぞれ聴きどころは多いものの取り上げられる機会は滅多にない。
M:ヴァイオリン協奏曲も第3番まである。
技巧が冴えるアッカルドとゲヴァントハウス管によるブルッフの全集
S:こちらは第1番の成功で気負いすぎたのか聴きどころは少ない。
M:第2番ト短調(1877年)はそうかもしれないけど、第3番ニ短調(1891年)はブラームスのニ長調を意識したかのような40分を超える大作で、何回か聴いてると面白くなってくる。
S:構えだけ立派でブルッフの良さが出てないなと感じた。どうせならニ長調で書けばよかったのに。
M:もちろん第1番には劣ると思うけど。第1番は「三大ヴァイオリン協奏曲」に勝るとも劣らない名曲。「四大ヴァイオリン協奏曲」にはチャイコフスキーではなくこれを入れてほしいくらい。
S:ブルッフもドイツ人だしね。でも誰が決めたのか、「四大ヴァイオリン協奏曲」といえば「三大ヴァイオリン協奏曲」にチャイコフスキー。これは揺るがないだろう。
M:CDのカップリングもメンコン+チャイコンよりメンコン+ブルコン(?)のほうが多いような気がするの。
S:それはどうだろ。メンコン+チャイコンよりメンコン+ブルコン(?)のほうが入門向けなのは確かだけど。
ヴァイオリンもオケもとにかく美しいシェリング&コンセルトヘボウ管のメンコン+チャイコン
M:入門向けだからと言って底が浅いとは限らない。むしろチャイコフスキーのほうが飽きがくる。演奏効果は高いかもしれないけど、ハンスリックが「悪臭を放つ」と言った意味もなんとなくわかる。
S:浅いなんて言ってないけど……。
M:ベートーヴェンが古典派、メンデルスゾーンが前期ロマン派、ブラームスが後期ロマン派だとすれば、ブルッフの第1番は中期ロマン派。すわりもいい。チャイコフスキーは後期ロマン派。
S:それぞれのヴァイオリン協奏曲を作曲年順に並べると、ベートーヴェンが1806年、メンデルスゾーンが1844年、ブルッフ(第1番)が1866年、ブラームスが1878年、そしてチャイコフスキーも同じ1878年。この中ではメンデルスゾーンとブルッフのものが入門向けと捉えられていることは確か。ベートーヴェンとブラームスのものは何回か聴かないとその良さはなかなかわからない。チャイコフスキーは位置付け自体が難しい。
M:ベートーヴェンとブラームスのニ長調も2人の作品の中では聴きやすいほう。一聴して良いなと思える曲の中にも、すぐに飽きる曲と繰り返し聴きたくなる曲で分かれる。
翌年飛行機事故で夭折する28歳のヌヴーによるブラームスの伝説の名演
S:メンデルスゾーンのものは筆の早い作曲者が時間をかけて作った曲だけあって、粗がなく完全に結晶化された美しさがある。ブルッフの第1番は粗はあるものの、その馥郁たるロマンチシズムが癖になる。
M:メンデルスゾーンのほうは整いすぎて少し窮屈な感じも受ける。「スコットランド」交響曲や「フィンガルの洞窟」序曲のほうが好き。
S:それは好みでもあるけど。ベートーヴェンのものも「運命」や「熱情」といった厳しい曲が好きな者にとってはヌルく感じる。
M:ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ほど幸せな気分になれる曲はないと思う。「運命」とは対極をいく曲。ブラームスのニ長調も比較的親しみやすいとはいえ、時折発するあのブラームス特有の体臭のせいで幸せな気分にはなれない……。
S:その体臭が好きな者にとってはまた癖になるんだけど。ヴァイオリン協奏曲はまだまだ足りないくらいで。その点、晩年のヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調(1887年)は良い塩梅。
ブラームスの2曲も美しく歌い上げるシェリング&コンセルトヘボウ管
M:良い塩梅かなぁ。辛すぎる。いや、渋すぎる?好楽家の中でも評価は真っ二つ。
S:はじめは第5交響曲として構想されていたみたいで、紆余曲折を経て二重協奏曲という形に。ヴァイオリン協奏曲第2番、あるいはチェロ協奏曲として完成されていればまた評価は違った可能性も。
M:チェロ協奏曲だったらドヴォルザークや師匠のシューマンを超えて最高傑作の評価を得ていたかも。
筆者
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趣味:競馬
得意分野:財務会計
好きな言葉:中庸の徳たるや、其れ至れるかな
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